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潮時・翌朝の時系列のククゼシ ※開発未満1※・※開発未満2※・※開発未満3※・※開発未満4※・※開発未満5※・※開発未満6※ ククールは慎重に様子をうかがいつつ、口唇を合わせたままそっと、彼女の下腹部で重ね合わせたお互いの指を、濡れた裂け目の中に侵入させた…「―――ッッん!!」急激にもたらされた異物感に、ゼシカは驚いて身体を跳ねさせる。しかしククールの口付けはなにごともないように優しく穏やかに続けられるので、ゼシカはもうどこに気を置けばいいのかわからなくて、混乱するものの抵抗する気力を奪われていく。ククールの指が、器用にゼシカと自分の中指を蠢かせ内側の粘膜を優しく擦ると、腰が自然に浮いた。強くないゆるやかな快感がじわりと沸き上がる。息が上がって、口づけが苦しい。「…気持ちいい?」 口唇の合間でククールが囁くと、ゼシカは息を大きく吸いながら、くたりと頷く。素直なゼシカにククールは微笑むと、口づけを、今度は乳房へと移動させた。「あっ…ん」色づく部分を大きく含んで甘噛みされると、痺れるような快感が走る。感じることに没頭しかけているゼシカを、ククールの低い声がすぐに引き戻した。「ゼシカ…こっち」「…ぇ…?」ずっとゼシカの体内でゆるやかに快感を生み出し続けていた指が、ゼシカのお腹側の性感帯を力をこめて撫であげると、ゼシカは声を上げ、否応なしにそこを意識せざるを得なくなる。自分の信じられない場所に侵入している、いやらしい自分自身の指の存在を。「お前の中、どんな風か教えて?」「…ヤッ、ア、ぁ…あ、…。……………あつ…ぃ…」「…濡れてる?」湿った温度と、からみつく粘液を、指先にじっとりと感じながら、ゼシカは頷く。ククールが、再びゼシカの胸を愛撫しだした。強い力で先端を抓られると、「ひゃ、ぅ…ッ!」全身が跳ね、胸にもたらされたはずの刺激が下半身に襲い来る。瞬間的に飲み込んでいる指が締め付けられたのを感じた。そして新たな体液で指先が濡れたことも。「……きゅ…て、なった…」初めて実感した自分の身体の反応をゼシカはただ素直に口にし、荒い息のままククールをぼんやりと見上げる。ククールは嬉しそうに破顔し、うん、と頷いた。「それが、ゼシカが気持ちいいとオレも気持ちよくなるってこと」「わたしが…きゅってしたら…クク、気持ちいいの…?」「最高に」「……こんなに濡れてるの……、…変じゃ、ない?」「変じゃない。もっと濡らしていいよ。そして、もっとオレを気持ちよくしてくれる?」「うん…」 ククールはゼシカと自分の指をシンクロさせて狭い内側を優しく侵しながら、待ち焦がれるように震える乳房を、空いた手と口で今までよりも若干激しく噛み、揉みしだいた。「あっ、ア…、ククール…ッ、ヤだ…ッ、や、ん…」「指、どんどん締めつけてるの…わかるだろ…?」「アンッ、アッ!ん、ぅん…ッ、……やだ、あっ」「いつもゼシカのココは、オレをこんなにキツく締め付けてるんだぜ…抜かないで、って」身体は官能にゆだねてしまっても、心にわずかに残った羞恥心がククールのあからさまな挑発に反応する。ゼシカが身体を強張らせると、連動するかのように中がきゅううと締まった。「んんん…ッッ、あぁっ、あっ、ヤだ、ヤだぁ、ダメ…!」ゼシカは首を大きく振って乱れた。小さく暴れた拍子にククールに掴まれていた指が離され、自らの体内からズルリと抜け出て力なくシーツに落とされる。ハァハァと息を荒げながら濡れそぼった指先を呆然と見た後、ゼシカは腕を緩慢に持ち上げ、それをククールの口元に近づけた。ククールが優雅にその手を取り、味わうかのように舐めはじめるのを、恍惚とした顔で見つめる。それはどこか、姫君の手甲に誓いの口づけを捧げる騎士のような、ロマンティックな光景にも見えた。騎士はぴちゃりと音を響かせて、姫君が零した 淫らな雫を恭しく舐め取っていく…ゼシカはゾクリと身を震わせた。ただ指を舐めるだけの行為が、このうえなく卑猥に思えて。「…ね、クク…私も、ククールをいっぱい気持ちよくしてあげたいから…だから、…だから、 ―――……もっと私のことも、気持ちよく、して…ほしい…。……私、変なこと言ってる…?」戸惑う瞳がたまらなく愛しく、かわいい。ククールは安心させるように笑い返して、ゆっくりとゼシカに覆いかぶさった。小さくキスして、瞳を合わす。「……仰せのままに」 ※開発未満1※・※開発未満2※・※開発未満3※・※開発未満4※・※開発未満5※・※開発未満6※
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潮時・翌朝の時系列のククゼシ ※開発未満1※・※開発未満2※・※開発未満3※・※開発未満4※・※開発未満5※・※開発未満6※ 「……ん」うっすらと目を開けると、目の前に眠たげなククールの顔があって、ゼシカの意識はすぅっと上昇した。肘をついた手で顔を支えて寝そべりながら、自分の前髪を指先で意味なく弄んでいる手の平が目に入り、ゼシカはその手を無意識に取る。「…寝てた…?」「いや…そんな時間経ってないよ」ベッドの上で、指をからませ合いながら睦言を交わすこの時間。いつもはだらしなく垂れ下ったククールの表情が今日はなんだかとても疲れて見えて、ゼシカはシーツで胸を隠しつつ体を起こし、上からその顔を覗き込んだ。「どうしたの?疲れた…?」「…疲れたというか…」不機嫌とも取れる表情に、ゼシカは途端に身を竦ませる。性に無知な自分がいつかおかしなことを仕出かさないかと、ゼシカはいつもひそかにビクビクしている…「ゎ、わたし何かした…?」「…………んー…」「ご、ごめんなさい、なに?言って、お願い」取り乱すゼシカに対して今度こそ呆れたようなため息がつかれると、ゼシカは不安に満たされ泣きそうになった。ククールは体を起こし、そんなゼシカのおでこをこづく。「何したってお前…なんつうことをさせるんだって話だろ…このバカ」「え?…えぇ?な、なに?なんの話?」「んっとに…ハァ……。どーすんだよ…オレ、アローザさんに殺されたくねぇぞ…」「へっ?お母さんが、どうし…」突然ククールがゼシカのお腹にシーツの上からピタリと手の平を当て、「どうすんだよ、デキてたら」「―――……え?」「本気で気づいてねぇの?オレ、お前の中に思いっきり出しちゃったんだけど」ゼシカはきょとんと自分のお腹を見る。そしてそのまま、しっかり10秒間。絶叫しながら思い切りベッドに背をぶつけたと思ったら、今度は顔をリンゴのようにして絶句するゼシカに、ククールは根の深いため息をハーーーーーーーッとつく。「マジで無意識かよ…ホント始末におえねぇな…」「やややややだっ、どうしっ、な、なん…ッ、ば、バカッ!!バカバカ!!なにすんのよ!!バカッ!!」「ってなぁ…今さら言われても」「だって!!どうするのよっっ!!ど…っ、どうするのよ…っそんな…っ…ぁ、赤ちゃん、なんて…!」「いやいや別に、一回出したら一回妊娠するってわけじゃないからな?」「……………………。……そ、そっか…」混乱しすぎて涙目になったゼシカだが、冷静に諭され、そうよね、と一瞬落ち着く。そして、「…っで、でも!!違うわよっそうじゃなくてっ…ど、どうして…。…ぃ、いつもは、………ッ、外に、…てくれる、じゃない…!!」「ゼシカのせいだろ。ゼシカがあんなこと言うから」「あんなことって何よ!!私なんにも言ってな…」「“抜かないで”って言ったんだよ、お前」「は?」「オレが抜こうとしたら、お前泣きながら“抜かないで”っておねだりしたんだよ」「~~~~~~ッッ!!」落ち着いて考えると非常に猥褻な話題。ゼシカはこれ以上ないくらい赤面しながら息を詰まらせ反論する。「ッッ、言ってない!!!!!」「言った」「……っだ、だったとしても…!なんでその通りにするのよ…っ、ダメなのわかってたくせに…!」「いーかげんにしろ。あの状況でンなこと言われてそれでも抜ける男なんてこの世にいない」反論も思いつかず押し黙るゼシカと、額に手を当ててため息が止まらないククール。 ゼシカが今にも謝りだしそうなのを察して、ククールは不毛な言い合いだと気づく。「…ごめん、ゼシカは悪くないよな。つーかどう考えてもオレが悪いんだし。気にすんな」うつむくゼシカを片手で抱きよせ、明るい声で、「ま、多分大丈夫だろ。大丈夫じゃなかったらその時はその時だ」「……ごめんなさい」「あーだから謝るなって。悪いのは確実にオレだから」そもそも、ゼシカとの大切なセックスをどうしても無粋な薄ゴム一枚で邪魔されたくないというただの子供じみたワガママで、最初から付けようともしなかった自分が悪いのだ。いずれこうなることは目に見えていたのに。でもゼシカはククールが最も安全な選択肢を最初から捨てていたという事実に気づいていないので納得できない。ククールの胸に顔を埋めて、小さく首を振る。「……でも、…もし、大丈夫じゃなかったら…わたし」「だからそれは」「わたし、…ククールの邪魔になるわ…」「バカなこと言うな。…謝るのはオレだよ。アルバート家の大切な後継ぎのお前に、取り返しのつかないことをしでかしたことになる」「それなら一緒よ。…私は、ククールの自由な未来を…奪いたくないもの…」「別に、オレの方はノープロブレムだぜ?子供ができたって旅は続けられる」ゼシカが少し驚いて顔を上げると、ククールは片目をつむって見せた。「2人旅が3人旅になるのも、悪くないだろ?」目を丸くして少し困った顔になる。それから小さく笑って「バカ」と付け足し、ゼシカの方からククールに口付けた。「…本気で言ってくれてるの?」「じゃなかったら最初から絶対中になんか出さねぇよ。だから多分本当は、…それを望んでたんだ」「……私も…ククールの赤ちゃん、ほしい……――んっ」口唇から滑り落ちるように告げられたお互いの情熱的な告白に煽られ、触れ合うだけのキスがすぐに深いものに変わる。夢中でお互いの身体に腕を回して、貪り合った。ゼシカがキスに酔いしれているうちに、ククールの指先が背中をゆっくりと辿り、徐々に下降していく。お尻の割れ目をぬるりとなぞられて、ゼシカは一瞬にして我に返った。「…ッなにしてんのよ」「だってお前が赤ちゃん欲しいって言うから、さっそく子作りの続きを」「誰が“今の”話してるのよバカッッ!!!」思い切り突き飛ばされてもヘラヘラしたままのバカをふくれっ面で睨みつけ、そしてそんな風に開き直れない自分を少しだけ恨んだりもする。…自分達はたった今、永遠の愛の誓いを交わしたも同じだというのに。それを認められない、どこまでも素直じゃない自分が憎い。そしてそれをすっかり認めてご満悦なこの男が、憎らしい。子供みたいに喜んで。…バカ。自嘲気味なため息はただの照れ隠しだと、ゼシカも、ククールもわかっている。ゼシカは虚勢を張るのを諦める。明日になればどうせ自分はまた素直じゃない可愛くないコに戻ってしまうだろうけれど、今は意地を張ることがとてもバカらしく感じた。ホントに、バカみたい。私たち。また抱き合って、飽きずにキスして、肌のあたたかさを全身で交わし合う。こんなにもお互いが好きで、嬉しくて、楽しくて、みっともないほどに溺れて、もうどうしようもない。でもこれが「しあわせ」だと言うのなら、そうなんだろう。だってそれ以外にこの気持ちを表す言葉が思い浮かばないもの。 「…バカ」「うん」 「バカ……」「ゼシカ、愛してる」「……わたしも」「私も、なに?」「………。…なんでアンタっていつもいつもそう…」見つめてくるククールの真摯な蒼い瞳に、ゼシカは魅入られた。そして最後の羞恥心と強情を、諦めたようにあっさりと捨て去る。「―――愛してるわ、ククール。…だいすきよ…」言い終えないうちに口唇をふさがれ、シーツの海に倒れこむ。ククールの心底嬉しそうな顔に、ゼシカは苦笑した。ふと思い出し、重なった2人の身体の間に手を滑り込ませ自分のお腹に手を当てると、ククールが小首を傾げる。ゼシカはふわりと微笑む。告白大会の延長のつもりで、ちょっぴり頬を染め、勇気を出して言ってみる。「……………またいつか、たくさん出して、…ね?」もちろんそれは、大胆な愛の告白以外のなにものでもなかった。それ以外に意味を持たせたつもりは、とりあえずゼシカにはない。ククールの下半身がどう受け取ったかは別として、だ。今日何度目か知れない強烈な誘惑スキルパンチを受け、ククールは無言で身悶える。「……~~~ッお前なぁ」「なぁに?…ふぁ…あぁ疲れた…なんだか一気に眠気が…」「いやいやお前、今のはさすがに」「ホントにいきなり来た…ダメ、もう寝ちゃう…」「ちょ、お前、待て待てコラ…」ごそごそと身体を丸めはじめたゼシカに、ククールはなぜか焦って声をかける、が。「――クク!」「はいっ」「…………寒い」「…はい」お姫様のご指名が飛ぶとククールは条件反射でピシッと返事を返し、言われるままに剥き出しの冷えた肩に手を回して胸の中に納めてやった。そしてまもなくゼシカからは穏やかな呼吸が聞こえ始める。取り残されるのは途方に暮れた紳士ひとり。腕の中でスヤスヤ眠っているこの子供がさっきまでベッドの中で男を煽りまくっていた天下のお色気誘惑マスターだなどとは、すでに信じられないような幼女の寝顔だった。ククールはため息をつく。そして、かすかに隆起する彼女の薄いお腹にそっと手を当てた。……どんな未来がそこにあったとしても、オレはもう何一つ後悔しないだろう、と。後悔と、惰性と、諦観だけで紡いできたこれまでの人生を、すでに懐かしく振り返ることができそうなほどの充足感。乾いた心を外側から包み込み、内側から満たしてくれたこの存在を、死ぬまでこの腕から手放さないと、誓った。そしてゼシカも、オレとの未来を望んでくれた。この現実を「しあわせ」だとしか言い表せない。願わくば彼女もそう思っていてほしい。「――――…ありがとう、ゼシカ」明日もあさってもその先もずっと、貴方がしあわせでありますように。ゼシカの額に口づけを落として、ククールも安らぎに満ちた眠りについた。 *「いい加減に起きなさいよこの寝ぼすけ!!もうお昼になるわよ!?」「んんん…あー…もういいじゃんもうちょっと寝かせろよ…」「もう十分すぎるほど寝てるでしょうが!情けないわね」「…お前がこんだけ疲れさせたんだろー…」「は?なによそれ」「昨日お前が無駄にエロいから、オレもエッチ頑張っちゃたんだろ…あ痛っ」「自分のスケベを棚にあげて勝手なこと言ってるんじゃないわよっ!バカッ!」確かに、すでに身支度をしっかり整えて毅然としているゼシカからは、昨夜の妖艶で乱れた姿など想像もつかない。太陽が昇っている間のゼシカには、月を背負うククールは絶対にかなわないのだ。ククールに反撃が許されるのは夜の帳が降りてから…自分達は、そういう風にできているらしい。ならば逆らうのも無駄というもの。ククールは怠惰に起き上がり、プリプリしながらコーヒーを淹れているゼシカに後ろから抱きついた。「おはようございます」「…オソよう」カップを受け取りながら、もう片方の手でゼシカのお腹に手を当てる。「…膨らんでないな」「当たり前でしょ!」「まだしばらくは、2人旅、楽しもうな」ククールはそっと耳元に囁く。ゼシカはうつむき、頬を赤くして、バカ、とだけ。そして肩越しに振り返り、怒ったような表情のままククールを見上げた。ククールは速やかにご要望に応じ、そっとおはようのキスを交わす。今日も2人だけの旅がはじまる。誰にも邪魔されない、しあわせに満ちた一日が。 ※開発未満1※・※開発未満2※・※開発未満3※・※開発未満4※・※開発未満5※・※開発未満6※
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「い、いやっ、ククールやだ、やだや…、ちょっ…」「ヤダってゼシカ嘘つくなよ…もう限界だろ…」「おねがい…ッ おねがいだから、だめ、まって…ッ、いれないで、まっ…」「んなの…、無理だって…ッ!!」「いや、やだ、あ、あ、あ、…………~~~ッッッ!!!!!!」ゼシカの声にならない叫びが尾を引いた。夜も更けた宿の調理場を借りて、まだ眠くないからと2人でココアを飲みながら話し込んでいた。決してそんなつもりはなかったのに、成り行きでいつのまにかこんなことになってしまった。はじめて結ばれてから、まだ数えるほど。慣れないどころかこのテの知識が徹底的に皆無だったゼシカにとって、一回一回のセックスでなされる全ての行為がはじめてで、あまりにも衝撃的なことばかり。その一つ一つを丁寧に、優しく、そしてそれはもう楽しんで教え込んでいるククールは、「恥ずかしくて、信じられなくて、でも、したくないわけじゃない」はじめての性に翻弄されまくっているゼシカにもうメロメロであった。メロメロゆえに抑えが効かない。挿れないでと言われれば挿れてしまう、若い下半身。あんな愛撫も、こんなプレイも、まだまだ一向に慣れそうにない幼い精神とエロい身体。そんな現状でこの夜2人は、調理場の机にうつ伏せての、後ろからのセックスにふけっていた。なるべく気を付けたが、若干汚してしまった調理場を何事もなかったように片してから、ククールはゼシカを抱き上げて部屋に帰った。そういえばお互いの部屋以外でしたのは初めてだ。こんなイケナイことしてる自分たちを誰かに見られたらどうする?誰か来るかもしれない、誰か聞いてるかもしれない…そんな風に責めれば責めるほど、やっぱりゼシカの身体は敏感に反応した。うんうんいい調子だ…ククールが悦に入りながら一人コクコクと頷いていると、ベッドに降ろしたゼシカがハァッ…と、明らかに震えながら深い息を吐きだしたので、ククールは驚いて自分もベッドに腰掛けうつむいた顔をのぞきこんだ。「どうした?寒いか?」ゼシカは腕を交差するようにして自身を抱きしめながら小さく首を横に振る。「震えてる。……さっきのか?痛かった?もしかして」髪やひたいに何度も優しく口付けながら尋ねると、ゼシカが再び否定するように首を振る。「ちが、う…。…ごめんなさい、大丈夫…」「嘘つくなよ。どうした?言って」どう見てもいつもの行為のあととは違う。慣れない快楽に翻弄されて茫然自失になっても、こんな…どちらかと言えば怯えているような反応を見せたことなんてなかった。怯えている?何に?オレに?「ごめん…怖かった?あんなとこでするの、もうイヤ?」大切に大切にゼシカの小さな体を抱きよせて腕の中におさめると、ゼシカもそっと身体をあずけてくる。しばらくそのままでお互いの体温を交換していた。ゼシカが落ち着くのを、じっと待つ。やがてゼシカがククールの胸の中で、くぐもった声で呟いた。 「―――こわかった…の」「うん…なにが?」「…わたし、やだって…言ったのに…」そう言われて、ククールは記憶をたどる。実際あの極限の興奮状態のさなか、覚えていないことも色々ある。やだって、…あれか。 「挿れないで、って?」途端、カアッ!!と一気にゼシカが全身を朱に染めた。ククールはククールで、まさにその時のことを思い出し、イヤらしい笑みが押さえられない。「だってお前、仕方ねぇじゃん。あそこまでやっといて挿れるのはナシなんて、絶対無理…」「ちがうっ!!そうじゃなくて…」「多分気付かれてねぇから大丈夫だよ、宿主じいさんばあさんだったから」「ちがうったら!あ…っ。……………それもだけど、でも、そうじゃなくて」ゼシカはククールの腕の中から抜け出し、背中を向けてぺたりと座りこんでしまう。「…こわかったのよ…」「だから何がだよ。言ってくんないとヤダって言ってもまたやっちゃうぞ」わざと意地悪な響きでそう言って先を促すが、それでもゼシカはしばらく黙ったままだった。告げるのに相当の勇気を要するようだ。ククールはぼんやりとそれを待ちながら、彼女の少し乱れたツインテールとうなじ、薄いシルクの寝着にうつる無防備な艶めかしい身体のラインを眺めやって、あーもっかいヤりてーなぁ などと考えていた。「………………ククが、したい…なら、私も、する…けど」しぼりだされるような小さな声。「ホントは…いや… ………。 ……………………。 …………………………………………ぅ」「え?」「…………………………………………ぅしろからは…」一瞬 呆然としたのち、ククールは あぁ、と納得する。自室以外は初めてだったが、そういえばバックでしたのも初めてだった。しかもベッドの上じゃなく机で立った状態で…という、いささかアクロバティックな。「ゼシカはバックいや?」「ばっく…」「あぁ、後ろからするの」「い、イヤっていうか…」耳まで真っ赤にさせて、ゼシカは一生懸命答える。「……ククールの顔が、見えないのが…不安で…。なんにも掴めないし、なんだかもう… どこかに放り出されちゃいそうな気がして…怖かったの…」普段、ゼシカは快感に耐えきれなくなると、精一杯の力をこめてククールの背に腕を回す。完全に余裕がなくなると、知らずに爪を立て、ククールの背に何度か傷をつけたこともある。大きな声が抑えきれそうにない時は、最初にククールがそうしていいと言ったように、彼の肩を噛んで必死に耐えた。でも、今日みたいな態勢では、そのどれもができなかったのだ。わななく指先は必死に机の端を掴んで、でもその頼りなさは、襲い来る感覚を何も軽減してはくれなかった。耳に直接吹き込まれるのは荒い息遣いだけで、今自分にこんなことをしているのが誰なのか、何度もわからなくなった。そして、声も…。 ククールはハッとして唐突に気づき、慌ててゼシカの腕を手に取った。そこにはやっぱり傷が。もしかしなくてもゼシカが自分でつけた噛み痕が、わずかに血をにじませている。「うわ…っ、ごめんゼシカ、マジごめん。気付かなかった…」「だ、大丈夫よこれは。それより私こそごめんね、私、いつもククールにこんな」「背中のひっかき傷と噛み跡は、男の勲章。それよかお前にこんな痕残させるとかありえねぇ」口づけて、舌を這わせながら、ククールは呪文を唱えてその傷を消し去る。「…そうだな…。こんなことになるなら、もうバックはしないでおくよ」「あっ、でも、でもね、いいの、私、ククールがしたいなら、私、別に…」「我慢するなって言ってるだろ。あれは成り行きで後ろからになっただけで、別にどうしても そうしたいわけじゃねぇよ。オレだってゼシカの可愛い顔見ながらしたいし」「…うん…」手を差し伸ばしてもう一度抱き合う。「怖かったか…ごめんな」改めて謝る。順調に教え込んできたつもりだったが、本当にまだ慣れてないんだな、と思う。身体ばかり成熟していて快楽に貪欲なのに、心はまだまだ付いていけず混乱しているのだろう。かわいそうに悪いことをした、と思う反面、その二面性のなんと魅力的なことか。「でもさ、ゼシカ…ちゃんとイったよな?」怖かったのならイケなかったのでは、と思いついて、いや確かにイっていた、と思いおこす。腕の中でゼシカは顔をあげることができず、小さく頷いただけだ。怯えてはいても、身体が委縮してしまったわけではなかったのだろう。…というかククールの記憶では、むしろいつもより感じていたような。いつもより若干乱れていたような。(…てことはやっぱりゼシカって天性のマゾヒストかもな)心は嫌がっているのに、強引にされてしまったことで身体はより感じて達してしまうのだ。ついでにあのシチュエーションにも、本人の意思を置いて、身体はかなり反応していた。そんな自分に戸惑っている、未だ純情以外のなにものでもない無垢なゼシカに、イヤ、やめて、恥ずかしい、と言われれば言われるほど、ククールもまた、己の中の何かが目覚めていくのに気づかないふりはできなかった。(オレも自分がこんなサドだとは知らなかったぜ)実際 彼女の泣き顔は媚薬だ。昼間に見たらみっともなく狼狽するしかないが、ベッドの中で流されるゼシカの涙は、もっと幾らでも泣かせてみたいという思いにさせられる。 (――――――でも、まだ、もうちょっとは自重しないとな)ゼシカの中の性の気質は、まだ芽生え始めたばかりだ。たやすく摘み取ってしまっても、乱暴に踏み荒らしてしまってもいけない。ゆっくりと、丁寧に育てていかなくては。…彼女自身は気づかないようなやり方で、少しずつ少しずつ、いつかオレのサディスティックな欲のすべてを、壊れずに受け入れられるようになるまで。「……クク?」ハッとして我に返ると、ゼシカが心配そうな顔で見上げていた。己の意識の底にある昏い願望がバレないように、咄嗟に笑顔を取り繕う。…とりあえずは。「じゃあゼシカ。明日は対面座位でしような♪多分ゼシカがいちばん好きな体位じゃないかと思うし」「たいめざ…何、それ…。また私、そんなのわかんないよ…」「いーのいーのゼシカはわかんなくて。オレが全部教えてやるんだから」そう、オレが。オレだけが。自分の胸に寄り添って眠るゼシカを見つめながら、ククールは己にそう誓った。
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真昼の空が真紅に染まったあの日の後も、ベルガラックの歓楽街は変わらずの賑わいを見せていた。 聖地ゴルドに降り掛かった災厄のことは風の便りにこの街へも伝わってきていたが、それが遠く離れた土地での出来事のせいか、あるいはこの街独特の雰囲気なのか、行き交う人々の表情は、他所で見られるそれとはどことなく違っていた。 そんなベルガラックを、一行は骨休めの地に選んだ。 煉獄島での過酷な日々の直後に繰り広げられたゴルドの激戦で、今までになく消耗してしまっていたからだ。 「腹が減っては戦はできぬ、と、昔から言われてるでげすからなぁ」 そう言いながら天井を仰ぎ、満足げに自らの腹を叩くヤンガスを見て、エイトとゼシカは噴き出した。 ひとしきり笑った後、ふとゼシカの表情が曇る。 「……ククール、やっぱりまだ辛そうだったわね」 ぽつりと呟いてゼシカは窓の外を見る。 その視線は、ククールが戻ったであろう宿の方角に向けられていた。 「仕方ないよ。色々あった後だからね。色々」 「少しでもメシは食ったんでげすから、今はそれで良しとしやしょう」 「無理矢理って感じもしたわよ?」 プッ、と、ゼシカは再び噴き出した。 食べる気分じゃないと言い張るククールにヤンガスが脚払いを仕掛けた後、樽を扱うが如くに担ぎ上げてレストランへと連れ込み、席に着かせた後もその眼光で無言の圧力をかけていたことを思い出したからだ。 一見して乱暴に映るが、それがヤンガス流の気遣いというやつだった。 「ヤンガスが飲みたいそうだから僕たちは酒場に行くけど、ゼシカはどうする?」 店主に勘定を頼みながらエイトが言った。 「どうするって?」 問い返してはみたものの、ゼシカにはエイトの言わんとしていることは分かっていた。 ククールの様子を伺いに行くか否か、ということだ。 気にはなっていたが、一人でククールの部屋を訪ねることに関しては、ゼシカには正直なところ未だ若干の躊躇があった。 そんなゼシカの心境を見て取ったエイトは後押しをする。 「気になるなら行ってみるといいよ。でないとゼシカが落ち着かないんじゃない?」 「うん……。でも一人で行くのって変じゃない?」 「別に変じゃないと思うけど?……あっ!でも何かあっても室内でメラはだめだよ。ラリホーあたりにしといて」 「それじゃククールを信用してるんだかしてないんだか分からんでげすよ、兄貴」 笑いながらそう言うヤンガスの隣でエイトはしゃがみ込み、小脇に置いてあった道具袋を漁り始める。 「ゼシカが反撃するような展開になるのは、僕たちにとってはむしろ歓迎すべきだと思うけど?」 探し物をしながら話すエイトはどうやら笑いを堪えきれないようで、小刻みにその肩を震わせていた。 そんなエイトを見下ろしながら、ゼシカは少々呆れた口調で返す。 「……荒療治ってわけ?」 「そうなるかどうかはゼシカの加減次第だけどね。はい、これ」 笑顔で返事をしながらエイトはゼシカに、道具袋から探し出した物を差し出した。 「念のため」 「やっぱり信用してないんじゃない」 ゼシカは苦笑すると、エイトからキメラの翼を受け取り腰のポーチにしまい込んだ。 (行くとは言ったものの、どうしよう……) 宿屋の自分の部屋に戻ったゼシカはベッドに腰掛けて悩んでいた。 ただ部屋を訪ねるだけでは、露骨に心配していると言っているようなものだ。 心配しているのはもちろん事実だが、ククールに対してそれを表面に出してはおそらく上手く事は運ばないだろう。 考えがまとまらないままにゼシカはベッドからドレッサーへと移動し、手持ち無沙汰に髪を結び直し始める。 しかしそれもすぐに終わり、鏡を見つめるだけになってしまった。 その後様々な角度に首を傾げながら百面相を始めたゼシカは、先程の食事で紅が薄くなっていたことに気付き、ドレッサーの上のコスメボックスを開ける。 「あ……!」 思わずゼシカは小さな声を漏らし、にんまりと鏡の中の自分に笑いかけた。 手早く紅をひき直すと、足早にククールの部屋へと向かう。 「お願いしたいことがあるんだけど、よかったら屋上に来てくれる?」 ゼシカは部屋の入り口から様子を伺い、ベッドに腰掛けていたククールにそう伝えると屋上へと向かった。 風に揺れる街路樹から漂う緑の香りが、屋上に出たゼシカを包み込む。 その香りに触発されて思わず深呼吸をした後、ゼシカは街の入り口と外の風景を望める側へと移動して満天の星空を眺める。 彼方から瞳に飛び込んでくる不規則に瞬く星の光と、視界の端で規則的に瞬く歓楽街の人工的な光。 それらは昔も今も変わらないのに、明日はあるいは……と考えると、嫌でも感傷的になってしまう。 時間は、あるようで無いのだ。 なのでククールには一刻も早く、いつもの調子に戻ってもらわなくてはならない。 仲間のために。旅の目的達成のために。ひいては、この世界のために。 (……おためごかしなのかな?これって) ふと脳裏にそんな言葉がよぎって、ゼシカは素直になれない自分に苦笑した。 「星に願いでも?」 乾いた靴音と共に、背後から待っていた声がした。 「ま、女神像も無くなっちまったし、教会もあのザマだし、それが一番いいのかもな」 「そうかもね。お金かからないし、願いも叶ったし」 ゼシカは振り返らずに相槌を打ちながら、歩み寄ってくるククールの気配を耳で追う。 「ふーん、叶ったのか。そいつは良かった」 頃合いを見計らってゼシカはククールの側に向き直ると、上目遣いでやや悪戯っぽい笑みを作りながら言った。 「ククールが来てくれますように、ってお願いしてたから」 「なんだ。そんなことか」 ククールは一瞬呆気に取られ、直後に軽く噴き出した。 その様子を見て、ゼシカは安堵の表情を浮かべる。 「良かった。思ったより元気そうね」 「さっきよりはマシになったかもな。……で?オレに頼みって何?」 単刀直入な物言いをするククールを見て、ゼシカは未だククールの気持ちに余裕がないことを感じ取っていた。 いつものククールならば、ここで茶々のひとつでも入れてくるだろうに……。 ゼシカは意を決して、先程思いついたプランを実行に移すことにした。 「えっとね。頼む人を教えて欲しいの。ククールしか知らない人だから」 「なんだそりゃ?」 首を傾げるククールの前でゼシカはスカートのポケットを探り始める。 「これ、無くなっちゃったから。決戦前に元気のもとが欲しくて」 そう言いながらゼシカがククールに見せたものは、空になった小さな瓶だった。 「まさかゼシカとここに来ることになるとは、思いもしなかったぜ」 ククールは苦笑しながらドニの酒場の扉を開き、手馴れた振る舞いでゼシカを店内へと導く。 「いらっしゃい!久し振りね、ククール。今日はそちらの彼女とデート?」 バニーが口にしたデートという言葉を耳にしたゼシカは、胸の鼓動が心なしか早くなり頬に熱を帯びてしまったことに焦っていた。 そう思っていない……いや、認めようとしないのはゼシカだけで、二人の有り様はどこから見ても立派なデートの光景である。 「まぁ、そんなようなもんなのかな?」 「なっ……!!」 条件反射でククールの言葉を否定しかかったゼシカは慌てて言葉を飲み込んだ。 ここで喧嘩を始めてしまっては、思い描いたプランが台無しになる。 「あら、恥ずかしがらせちゃった?ごめんなさいね、うふふ」 日々あらゆるタイプの客を捌く百戦錬磨のバニーは、すかさず妖艶な微笑みを見せながらゼシカの動揺を鎮めにかかってきた。 もっとも、ゼシカは客のタイプとしてはかなり特異なので、その効果の程は未知数ではあったのだが。 「ゼシカ、頼む相手は彼女だぜ。じゃ、オレは向うで待ってるから」 ポン、とククールはゼシカの肩を軽く叩き、その手をひらひらと振りながらカウンターへと向かう。 カウンター席に腰掛けマスターと言葉を交わし始めたククールの背を見ながら、ゼシカは胸を撫で下ろした。 ゼシカの真の目的……ここでククールにひと時を過ごしてもらおうというプランは、どうやら軌道に乗りそうだ。 「聡明そうな感じのお嬢さんだね」 カウンター席に斜めに腰掛けゼシカとバニーの様子を見守るククールに、マスターは水を差し出しながら話しかけた。 「そりゃ、ああ見えて実は稀代の大魔法使いだからな。賢者の末裔だし」 二人の視線の先のゼシカは、バニーに頬を触られたり、バニーの動作の真似をして指先をいじったりしていた。 話の内容は酒場の喧噪にかき消されて聞くことはできないが、おそらくは肌の手入れなどの手ほどきを受けているのだろう。 男所帯で過ごしている中ではまず見ることのできない、ゼシカの楽しげな姿を目の当たりにしたククールの目尻が思わず緩む。 「へえぇ、そりゃ凄いや。どうりで、今までぼっちゃんが連れてきた女の子とはどこか違う感じがしたわけだ」 「いい加減、ぼっちゃんは勘弁してくれよマスター」 ククールは苦笑しながらマスターの側に向き直った。 「あと、連れてきたんじゃなくて、オレが連れてこられたんだよ、今日は」 「こりゃまた珍しいこともあったもんだね。それも空が赤くなったせいかな?」 「それは関係ないような……。いや、違うとも言い切れないか」 そんなやりとりをしているうちに、ゼシカがカウンター席にやってきた。 「お待たせ。でももう少し時間がかかっちゃうんだって」 裏口方面の衝立の脇から手を振ってきたバニーにゼシカは軽く会釈をすると、ククールの隣の席に収まる。 「ああ、瓶の消毒とかがあるもんな。どうする?待ってる間、少し飲んでみるかい?」 「うん。何かお奨めってある?」 「あるぜ。マスター、いつものやつを」 ククールはにやりと笑い、呆れるほど気障な素振りで注文を出す。 その様子を見ながら、ゼシカは内心よしよし、と思うのだった。 「これ、ワイングラス?このマーク……?」 ゼシカはマスターがカウンターに置いたグラスを見て呟いた。 それはワイングラスとは似て非なるもので、脚の部分が太く短かい。 グラスの最上部には金色の縁取りがあり、側面には騎馬衛兵を象ったエンブレムが描かれていた。 しげしげとグラスを眺めながら首を傾げるゼシカの様子を見て、ククールは待ってましたとばかりに話し始める。 「これから出してくれるビール専用のグラスで、聖杯型ゴブレットっていうんだ」 「ビール?いつものやつって言うから、ワインだとばっかり思ってたわ」 ビールはジョッキで飲むもの、という固定観念を持っていたゼシカは目を丸くした。 そして、いつもワインを口にしているククールがビールを注文したということにも驚いていた。 「ここのビールは特別でね」 そのククールの言葉を待っていたかのようにマスターがグラスにビールを注ぐと、ゼシカの目が更に丸くなった。 「こんな色のビール、初めて見たわ」 ゼシカが驚くのも無理はない。 マスターが鮮やかな手つきで注いだそのビールは、チョコレートのような色をしていたからだ。 注ぎ終わったビールの上に乗っている泡はミルクティーのような色でまるでメレンゲのようにきめ細かく、緩やかな山を築いていたが不思議と崩れない。 「これは修道院で作られたビールなんですよ」 続いてククールの側に置かれたグラスにビールを注ぎながら、マスターが言った。 「えっ?修道院って、マイエラ?」 「そ。グラスのマークは、ほら、修道院の入り口にあるだろ?」 マスターの言葉を継いでククールが説明を続ける。 「どこかで見たことがあると思ったら、あのマークだったのね」 疑問の一つが氷解したゼシカの表情がパッと明るくなった。 喜怒哀楽いずれの感情にしても、ゼシカの表情はいつもそれを余すところなく表現する。 その清々しいまでの分かりやすさを、ククールは気に入っていた。 「さてと。何に乾杯しようか?」 ククールがグラスを持ちゼシカの側に差し出すと、ゼシカも真似をしてグラスを寄せる。 その動作はアルバート家で身に付けたテーブルマナーとは少々勝手が違うようで、どことなくぎこちがなかったが、それはそれでいいもんだな、と、ククールは考えていた。 「こういうのって初めてだから、よく分からないわ。うーん……」 グラスを掲げたままゼシカはしばらく考え込み、やがてこう言った。 「明日のために、っていうのは?」 「よし。それじゃ、明日のために、乾杯」 「乾杯」 カチンと二人は杯を合わせると、それぞれの口に運んだ。 ~ 続く ~ so sweet…後編
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172 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/19(木) 13 10 18 ID CuGjFctL0 ゼシカの方が直接攻撃が強いとククールの立場がなさそう いやいや、防御面では圧倒的にククールの方が優秀なんだから、攻撃力は ゼシカの方が上でも何の問題も無いでしょう。 (スカラ+マホトーン+マホカンタ+大防御+ベホマ+諸々の状態以上系の弱耐性) この鉄壁の守りを崩すには、ラリホーマで眠らせるか、マダンテ決めるしか無いけど、 スーパーリング装備したら、まず眠らせられないし、マダンテのターンに大防御されたら 双竜打ちするMPまで無くなっちゃう。 どちらかというと、ククール有利だね。 でも、夫婦喧嘩でククールに勝ち目が無いっていうのは、全く同意見。 きっとサーベルトと同じで、ゼシカが泣いたら、ククールが謝って終わりになると思う。 奥さんが強い方が夫婦は円満だしね。 あー、なんか、すごい長文になっちゃったよ。 173 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/20(金) 00 42 38 ID wqW99KMk0 ゼシカが泣いたら そこらへんの女のようにしおらしく泣くんじゃなくて、 ククをさんざ罵倒して蹴って殴って雷落としながら、興奮してボロッと涙が出ちゃう感じが良いな ククール「…って、ちょ、オイ待てよ、泣くなっ!」大慌て 174 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/20(金) 01 37 23 ID VSMrgAsR0 そうだな。これらのレス読んで改めて考えてみると、 この2人衝突が多くなりやしないかなーとちょっと心配だ。 ゼシカはたぶんに世間知らずで子供っぽいところが結構あるし ククールだって精神的に脆そうというか繊細というか かなり正確に心の機微を分かる人間でないと支えきれないんじゃないかと。 ゼシカはその辺大丈夫かな… 175 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/20(金) 08 11 39 ID vNgve3MJ0 大丈夫じゃない? 確かにククールは繊細ではあるけど、あの兄貴の逆恨みイヤミを10年以上も 浴びせられてたのに歪んでしまわなかったんだから、芯の強さは折り紙つきでしょう。 兄貴に比べたらケンカした時のゼシカの罵倒なんて、きっとククールにとっては 「あー、もう、ストレートで可愛いな、チクショウ!」ぐらいのもんじゃないかと。 で、泣いてるゼシカにハグして、チューして、あんなことやこんなことして、 ますます二人は仲良くなってくんだよ。 ……何で、朝からこんなテンション高いんだろ……。 さ、仕事行ってこよ。 180 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/20(金) 21 24 02 ID hgASB9ys0 ククールは繊細なのに必要とされたいタイプだから全面的に支えられるとダメなように思う。 ゼシカは世間知らずだからククールがフォローしなきゃいけない部分もあるし、 逆に幸せに育った人間にしかない図太さみたいなものもあるからククを支えていけるんじゃないかな。 182 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/21(土) 01 18 38 ID d7m0Ahyt0 幸せに育ったゼシカのいい部分がククを支えるだろうし、 苦労背負ってきたククのいい部分がゼシカを成長させるだろうし。 それなりに相互補完で納得してると思う。 「腹立つとこもめちゃめちゃあるけど、結局多分相性はいいんだな」って。 184 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/21(土) 16 05 35 ID tmF5hWysO ○チェロがボロボロになって去っていく場面で、 ゼシカが、ゼシカだけがククールに口を挟んだことが何か良かった。 二人の仲が他人行儀のままでは、ああいう風には言えなかったろう。 それまでの間に深い仲になる何かがあったんだろうニヤニヤ 185 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/21(土) 22 11 34 ID r9xQh3NB0 その場面のゼシカ、本当にいい子だよな~、と思った。 それこそ最近このスレで言われてる、ゼシカがククールを支えられる部分で、 二人の相性の良さを象徴してる場面だよね。 もしゼシカが苦労して育ってたら、気を回しちゃって、そっとしておいてやろうとかして あんな風にククールに駆け寄ったり出来なかったような気がする。 きっとあの場面のククールは、あれだけのことをやらかしたマルチェロの命を助けたことを、 完全に正しいことだと思い切れてなかったろうから、ケガの手当てもしてやれって 詰め寄るゼシカの言葉に、内心すごく救われてたんじゃないかな。 だからこそ、暗黒魔城都市のククールは、それを引きずってた様子もなく 戦いに集中できたんだと、勝手に思ってる。 186 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/24(火) 13 05 18 ID KLHaPMxY0 主人公やヤンガスは苦労人だから逆に声をかけられないんだよね。 主人公はシステム的な問題でもあるけど。 でも暗黒魔城都市でのククールはガキの頃のことばっか思い出す、 みたいなこと言ってなかった?あれはどういう意味なんだろう。 ところで攻略本での暗黒魔城都市のセリフは笑ったよ。 ついにオレにホレたか?って… 187 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2007/04/26(木) 01 07 46 ID MVY760fm0 惚れたんじゃない?
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ここは砂漠の教会。 昼間はぎらぎらとした太陽が、容赦なく照りつけるこの一帯。 すでにベルガラックのユッケが竜骨の迷宮の入り口で待っているというが、 迷宮への道のりは、思ったより厳しかった。 遠い道のり、慣れない暑さに一行はほとほと参りながらひたすら目標を目指していたが、 「あ…暑すぎる!ワシはもう我慢できん!」 この状態では逆に探索の効率が下がるわい!というトロデの言葉で、 一行は教会の影に馬車を停め、しばしの休憩を取ることとなった。 各々水を飲んだりと、ほんの少しの涼を求める。 「はぁ…砂漠ってば木陰もないんだから、この暑さは本当に参るわね…」 ゼシカはひと息つきながらうんざりといった表情でつぶやいた。 豊かな胸元に汗の粒が光る。 「俺なんて一番厚着だから最悪だぜ?」 ゼシカを尻目に、ククールはどうだとばかりに自慢にならない自慢をしてみせた。 ククールはマントと上着、さらに手袋もはずし、手のひらでぱたぱたと顔に風を送っている。 「マヒャド、覚えたてだけど味わってみる?涼しくなるわよ~」 クスっと笑ってゼシカは舌を出した。 「え、遠慮しとく…でもな、マジで暑すぎるって…ほれ」 そう言ってゼシカの頬に手の甲を押し付ける。 「ちょっと、どこ触ってんのよ!」 ククールはふにふにと柔らかいゼシカの頬に触れた途端、嬉しそうな顔になった。 「あーー、ゼシカのほっぺた、冷やっこくて気持ちいいな…」 「バカ、あんたが熱すぎるだけなの!…もう、いつまで触ってんの!」 顔を赤らめながらゼシカはククールの手を振り払う。 まったく、油断するとコイツはいつもこうなんだから…。 「おいおい、何もそんな嫌がるこたねーだろ?」 「アンタのそういう所を黙認してたらね、体がいくつあっても足りないのっ!」 「へいへい…俺が悪ぅございました」 肩をすくめてククールはゼシカの隣に座り込んだ。 まったく…とぶつぶつ言いながらも、ゼシカもククールの横へ腰を下ろす。 影になっているとはいえ、風も吹いていないので暑さはあまり変わらない。 相変わらずククールは暑そうにして、ほんの少しだが肩で息をしている。 さっきのふざけた表情はもう消え失せて、いつもの端正な横顔がそこにあった。 筋の通った鼻筋にも汗の粒が光っている。 ゼシカは、先程ぶっきらぼうに手を振り払ったことを少し後悔した。 「ん?…どした?」 ククールは自分の右手を見てゼシカに問いかけた。 右手の上にはゼシカの小さな左手がちょこんと乗せられている。 ゼシカは目を合わせずにうつむき、 「…だって、アンタの手、ほんとに熱かったんだもん。…これなら少しは涼しくなるかなって」 「心配してくれてるのか?」 「うっさいわね!つべこべ言うと手、離すわよ」 「…ハイ」 しばらく大人しく従っていたククールだったが、 やがて手のひらをゆっくりと返し、ゼシカの指をからめた。 ほんの少しだけ、ゼシカの指がぴくんと跳ねる。 「…そのままな」 ぽつりとククールのその言葉に、ゼシカはさらに恥ずかしそうにうつむいた。 自分の鼓動が伝わってしまうのではないかと、さらにゼシカの鼓動は早くなっていく。 「なんか体温、同じくらいになってきたな…」 「……バカ、私が熱くなったの」 ゼシカがぽつりと言う。自分でもかなり恥ずかしい台詞だと思った。 「嬉しいこと言ってくれちゃって。よし!とりあえず俺は3日手を洗わないって決めた!」 「またバカなこと言って…」 「俺は本気だぜ?」 「もう…知らない!」 冗談でも、真っ直ぐにそんな嬉しそうな瞳で見られてはたまらない。 ゼシカは立ち上がってぷいっとエイト達の方へ走っていった。 その顔は暑さのせいかはわからないが、真っ赤になっていた。 ひとり取り残されたククールは、小さくなっていくゼシカの背を見つめながら 「ったく…キツいんだか優しいんだかわかんねぇな、俺の姫さんは…」 そう言って右手の甲にくちづけた。 「…さーて、そろそろユッケちゃんの元へいきますかね!」 そしてククールもゆっくりと立ち上がり、馬車へと向かっていった。 自身もまた、胸の高鳴りを感じながら────
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868 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/08/05(金) 00 42 32 ID G92JuEYl 「なぜこんなことをした!」 吼えるククールの目をゼシカはじっと見た。 青い虹彩に縁取られた深い穴のような瞳孔はこちらを向いたまま動こうとしない。 「ごめん…なさい」 その冷たい瞳に耐えられず、ゼシカは思わず顔を逸らす。 するとククールはゼシカの顎を掴み、自分の顔の方に向けた。きっちり固定され顔を逸らせなくなる。 「もう一度聞く」 ククールの語調が強まり、怒気が含まれているのが判る。 射られるように強い直視に、ゼシカの汗は引いていく。白い睫が二度三度瞬く。 「どうしてこんなことをした?」 もう目は逸らせそうにない。 「…あなたの、ためだったからよ」 ゼシカは不意に、距離の変わらないはずのククールが遠のいていく気分になる。 視点が崩れ、頭が揺れているような感覚に襲われる。音が、遠い。 870 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/08/05(金) 04 39 12 ID kMXkHEbA 「俺の…ため…?」 耳にざわつく単語を聞いた顔で、ククールが掠れた声を出した。 『こいつは何を言っているのだ?』 それがまず、理解出来なかった。 俺の為にしたというその唇は、青ざめてはいたがみずみずしくて 思わず奪いたくなるほど愛らしい。 …俺が、望むことは『それ』だけだったはずだ。思いやりなど求めちゃいない。望んですらいない。 「…!!」 不意に苦いものがこみ上げてきて、ククールはゼシカを掴んでいた手を離してしまった。 今、『彼女』を側に置いておきたくなかった。 872 名前が無い@ただの名無しのようだ[sage]2005/08/05(金) 12 31 29 ID axS7PVBV 不思議な泉周辺で野営をしていた一行はゼシカの姿が見えないというエイトの言葉で目を覚まし、手分けしてゼシカを探していた。 そしてついさっき、崖から落ちて倒れているゼシカをククールが発見したのだった。 幸い下が柔らかい草だったので大きなケガはなく、ククールのべホイミで完全に回復したが、そんなところを魔物に襲われていたら一たまりもなかっただろう。 「これだけは言っておく。二度とこんなマネするな・・・どれだけ心配したと思ってるんだ・・・」 その言葉に込められた苦悩にゼシカも思わず叫ぶ。 「私だって、あなたが心配なのよ!」 ゼシカは続ける。敵の攻撃を受けても、ククールはいつも仲間の回復を優先し、自分自身は後回しだ。回復手段を持たないゼシカにはそれが苦しかった。 「せめて、一つでも多く薬草をって・・・」 薬草を探すために一人で危険な夜道を歩き回っていたのだと言う。 「・・・怒鳴って、悪かった」 ククールの胸の内は複雑だった。 875 868[sage]2005/08/05(金) 22 37 38 ID 4OX4sqgQ 「私もほんとに、ほんとにごめん。もう…危ないことしないから」 「いい、わかった、俺も悪かった」 二人はしばし沈黙した。 だがククールとゼシカの複雑な思いをよそに、時間だけは過ぎようとする。 「…戻ろ、エイトもヤンガスも心配してる」 歩き出し、遠慮がちにこちらを見るゼシカの表情が辛かった。 気づけば暁も消え去り、暗く静かな夜だった。先ほどから無言で二人は歩いている。 足元がふらふらするのは、果たして打身の痛みだけだろうか?ゼシカはククールの一喝に痺れたような感覚を覚えていた。 腰の袋に詰め込まれた薬草も、この痛みは癒せないかしらね、とぼんやり考えながら黒い木立を見つめる。 「行くなよ」 不意にククールが言った。 「え?」 ゼシカは立ち止まる。 「もう一人で…行くなよ」 ゼシカが振り返ると、腕組をしたククールが立っている。 その表情は先ほどまでの険しさは微塵も感じない、穏やかだが限りなく無に近い表情だった。 「俺のためとか言われても、お前が怪我したらシャレになんねぇし…その」 じっとゼシカの目を見た。 「青ざめたゼシカなんて呪われてる間だけで十分だし、なんつーの? 決して嬉しくないわけじゃないけど、心配してもらってありがたいけど、…俺なんかのためにもういいよ」 「やめてよ、そういう顔するの」 ゼシカの前に立つククールは、穏やかだが悲しそうな顔をしている。 「私のお節介がいけなかったって思ってる…でももうそんなこと言わないで?」 ゼシカの胸で悲しみが湧き起こる。 「いつもそんな風に一人で諦めたようにして、自分は捨て鉢みたいなくせにみんなばっかり心配して、 見てて苦しくなるの。だから、だから…」 ゼシカは俯いて、泣いてしまった。 876 868[sage]2005/08/05(金) 22 39 38 ID 4OX4sqgQ 「…俺、あなたのためとか言われたことなかったんだ」 ポツリとククールは言った。 「ゼシカを心配してたのに何言ってんだかわかんなくて、理解が追っつかなくて、混乱した。 俺が心配するのは慣れてる。でも思いやられるとか、慣れてないんだ。 いつもみたいに軽口も叩けない。なあ、俺どうすればいい? 俺のために何かしてくれるゼシカになんて言ったらいい?」 「ククール」 うつろにこちらをみるククールがゼシカには泣きそうに見えた。 「薬草ありがとう、ほんとにありがとう。ゼシカにお礼まだ言ってなかった」 手袋を外して、ゼシカの涙をぬぐった。だが、荒れる気持ちは一向に収まらなかった。
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本日は過酷な旅の、束の間の休息日。 トロデ王は三角谷へピュア・ギガンデスを嗜みに、エイトは姫様と共にふしぎな泉へ、 ヤンガスは久々にパルミドへ寄り、知り合いに顔を見せに行くという。 「ククールとゼシカはどうする?」 「わたしは部屋でのんびりするわ。おいしい紅茶とお菓子でも買って。読みたい本もあるし」 「そうだな、街でレイピア研ぎに出そうと思ってる。あとは適当にブラブラして、 気が向いたら酒場でも行くかな。ベルガラック戻って久々にカジノ三昧ってのもいいか」 「わかった。ぼくは泉か、泉のおじいさんの家にお邪魔してるから、何かあったらそこに来て」 みなが了解、とうなづく。 では解散じゃ!とのトロデ王の浮き足だったかけ声で、ぞろぞろと動き出す一行。 外に出ようとしたエイトが扉の手前で思い出したように振り返り、 「そうそう。君たち、ケンカしないでね。君たちのケンカは必ず物が壊れるんだから。仲良くね」 にっこり。 ククールとゼシカが唖然としている間に、扉はパタンと閉じられてしまった。 「…やっぱエイトってヤな奴だなぁ」 頭をかきながら、さほど困った風でもなくククールがぼやく。 「なにがよ?私はほんとに今日は、部屋でゆっくり過ごそうと思ってるんだからね」 「オレと?」 「ひっ、ひとりでよっ!!」 「へー。オレにいちにち会えない日なんてそうそうないけど、寂しくて泣いちゃったりしない?」 余裕たっぷりの笑みで、ゼシカの顔をのぞきこむ。 「へ い き ですッ!!」 顔を真っ赤にして肩を怒らせる彼女をクックッと笑いながら、 「OK。まぁどっちにしろ、オレも本当に鍛冶屋には行くつもりだからさ。 …じゃあ今日はここでお別れか。久々の休日、せっかく2人きりで過ごせるのに残念だな」 後半部分をいかにも切なそうに告げると、途端にゼシカの顔がわずかに曇った。 「べ、別に…絶対、離れていたいってわけじゃないけど…」 「ひとりがいいんだろ?」 「そんなこと言ってないじゃない!」 ゼシカが困ったように反論する。計画通りの展開に、ククールはたちまち上機嫌だ。 「じゃあ、用事がすんだら、ゼシカに会いに来ていい?」 ゼシカは照れているのをごまかすために、不機嫌な表情で小さくうなづくしかなかった。 「………何よ。寂しくて泣いちゃうのはククールの方じゃないの」 「正解」 ゆるむ頬を隠しきれず、ククールはゼシカのおでこに、行ってきますのキスをした。 街での用事に思ったより時間がかかり、再びククールがゼシカの部屋の扉をノックしたのは それから何時間も経ってからだった。 「ゼシカ?」 応答が聞こえたような聞こえなかったような。居眠りでもしているのかとそっと扉を開くと、 ゼシカはソファに深く腰掛けて、文庫本を熱心に読みふけっていた。 帰ってきたククールにも反応無しだ。当然不満顔でククールはゼシカの隣に腰かける。 「ただいま」 「…あ、うん」 ただいまに対してあ、うん、はないだろうと、ますます眉間にしわをよせる。 「おい、もう本読むなよ」 「…うん」 「ゼーシーカー」 「…うん、ちょっと待って」 今目が離せないところで…などと呟きながらページをめくるゼシカが何を言っても 聞こえないほど熱中しているのは、いかにも女の子の好きそうなラブロマンス小説。 すぐ傍で、香りさえ伝わる距離にいながら、目線すら交わせないこの状況はなんだ。 どんな焦らしプレイだよ。オレは待てを命じられた犬か。ご主人様には絶対服従か。 大体目の前に本物の君だけの騎士がいるのに、紙の上の王子様の方がいいってのかよ? 本を取り上げることは簡単だが、そうすれば確実にケンカになる。せっかくの2人きりの午後を 台無しにしたくはなかったし、エイトに釘を指されている以上、それは避けたかった。 …となれば? 何気なく本に添えていた右手をふと取られた。 ちらりと視線をやると、ククールがゼシカの指の一本一本を確かめるように触ったり、 爪の先を撫でるようにして遊んでいる。 一瞬上目遣いの視線がこちらを挑むように見つめたが、すぐに伏せられた。 特になにも思わず(それよりも本の続きが気になって)、右手をククールの好きにさせて、 ゼシカは再び本に視線を戻した。 …………途端。 「…ッ、ちょ…」 妙な感触に思わず見返ると、まるで誓いを立てる騎士のように、ククールが ゼシカの手の甲に口付けている。思わず引っ込めようとする手は強く掴まれ、赤らんだ顔で 言葉に詰まるゼシカにおかまいなしで、ククールは何度も何度も口づけを繰り返す。 そのうち手の平を返され、そこにも幾度となくキスを降らせる。 たまりかねてキツく名を呼ぶと、ククールは手の平に口づけたままニヤリと笑った。 その笑みにムッとして、ゼシカはすぐに視線を本に戻す。表情を平静に保ち、 ククールのセクハラまがいの”作戦”を、完璧に無視しようと決めたらしかった。 キスの嵐は指先の全て、爪先のひとつひとつに行き渡っていた。 明らかに情より欲が滲み出ている、熱く狂おしく重ねられ続ける口付け。 湿った口唇と、湿った吐息。手の側面から手首にまでも口唇を辿らせる。 単なる愛おしむ行為を越えて、もはや愛撫といってよかった。そしてそれは完全にわざとだ。 冗談交じりの品のないジョークやスキンシップには目をつり上げて激怒するくせに、 ククールの”本気モード”には、途端に絶対的に逆らえなくなってしまう彼女を知っている。 そしてやはりククールの”本気”に当てられて、怒ることも拒むこともできず硬直してしまったゼシカ。 必死で動揺を隠そうと視線を泳がせ、はやる鼓動を抑えようとするので精一杯で。 「!」 ふいに中指の関節をカリ、と甘噛みされた。 強張っていたゼシカの表情が弱々しいものに変わるのを、ククールは指を口に含んだままじっと見ている。 「…クク…」 漏れ出た艶っぽい呟きをあえて無視し、細い指先をゆっくりと口内にくわえ入れたところで、 ついにゼシカがバサリと本を手許に落とした。 「…………もうやめて。降参」 思いきってククールを振り返り、ゼシカはこれ以上ないくらい赤く染まった顔でそう告げた。 名残惜しむように指先にチュッと口づけると、ようやくゼシカの右手を解放する。 作戦成功。ククールは勝利の笑みを満面に浮かべ、一言。 「かまって♪」 「………もうッ、ほんっっと!」 ゼシカは呆れるしかなくて、でもさっきまでの”本気”の雰囲気なんてもう少しも感じさせない、 子供のように無邪気に笑うククールが可愛く思えて仕方なくて、まだ熱い右手を彼の頬に当てた。 「甘えんぼ!!」 勢いのままにおでこにキス。 ククールが幸せそうに声をあげて笑うので、ゼシカは頬をふくらませてプイと顔を背けた。 「散歩でも行こうか」 「うん」 「どこがいい?」 「どこでもいいわ」 ククールの左手が、今度は優しく、ゼシカの右手を握った。
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どうしていままでわからなかった? ――…ちくり。 胸をさす小さなトゲに気づいたのは、あの不思議な泉へ行ってから。 泉の水の効果で、一時的に呪いのとけたミーティア姫は、その限られた時間のすべてでエイトと話をすることを望んだ。 エイトと話をするミーティア姫は、とてもうれしそうに笑って、きらきらしてて。 エイトは、姫さまの望みを叶えてやることにひたすら一生懸命で。失われた時間を取り戻すように。 ふたりは話す。 ああよかった、と安心する傍ら、私のなかで次第に大きくなってゆく、この痛みはなんなの? ―――いいえ、私、ほんとはこの気持ちがなんなのか知ってる。たった今気づいたばかりだけどね、 自嘲気味に鼻で ふ、と笑ったあと、ゼシカは遠くでなおも楽しそうに会話しているエイトとミーティアに背を向けた。 …バカじゃないの、 そう、小さくつぶやいてうつむいた。 今ごろ気づくなんてね。 …私は、エイトが好きだったのよ。 「おーーこわ、けっこうひどいこと言うんだなゼシカちゃん」 聞き覚えのある軽薄な声にゼシカはぱっと顔を上げた。 ――ククール、 こんなときに、一番会いたくない奴に会った。 「ひどい、ってどういうこと?」 言われた意味がわからずゼシカは眉をひそめてククールに訊ねた。ククールはニヤニヤと薄笑いを浮かべてゼシカをちらりと見やる。 …なによ。 その目で私を見ないで。 ゼシカはククールにまっすぐ見つめられるのが苦手だった。 幾多の女性を虜にしてきたであろう、彼の青い目。視線。そんなものに自分のペースが乱されると思うとしゃくだった。 そんな彼の視線から逃れるべく、ゼシカはぷいとそっぽを向いた。するとククールが口を開く。 「女の嫉妬は怖いねぇ」 ゼシカは、ククールの言葉をとっさには理解できなかった。 …? 一瞬の静寂のあと、言葉の意味を理解したゼシカはかっとなって手をあげた。 「ちがっ……!」 ―バカじゃないの、― あの言葉の意味は。幸せそうな二人に妬いて嘲ったわけじゃなくて。 …ただ、自分がふがいなくて。 ふと気づくと、思わず振り上げたゼシカの右手は、ククールの頬に届かぬうちに、彼の左手によって制されていた。 ――放してよ、 ゼシカは低くつぶやき、ククールをにらみつけた。ククールは相変わらず薄笑いを浮かべたままだ。 ……やだね、 そう言って彼がゼシカを見下ろすと、ふたりの視線がぶつかった。 苦手なククールの視線から逃れるべく、ゼシカは慌てて目を反らそうとした。だがその刹那、ぐっと顔を向きなおされた。 それはククールによるものだった。ゼシカの顎に彼の手が添えられている。 彼はまだ薄笑いを浮かべている。だが、その青い瞳はまっすぐにゼシカを見つめている。瞬きさえ惜しむように。 ゼシカは直感した。 奴は自分の言葉の真意を見抜きつつこんなことを言ってくるのだと。 …最低、と投げかけ、ククールをにらんだ。今度は決して彼の瞳から目を背けぬように、せいいっぱい。 「いつもこうやって女の子落としてるんでしょ?」 そう言ってゼシカは ふふ、と口元だけで笑ってみせた。 「まあね。でもゼシカは、特別」 そうさらりと言ってみせるククールに、ゼシカはあきれて顔をしかめた。 「…バッカじゃないの」 次の瞬間、ククールが放った言葉はゼシカの予想からはまったくかけ離れたものだった。 「その言葉を待ってたよ」 ――は? ゼシカはわけがわからず茫然としてしまった。そんなゼシカをよそに、ククールは言葉を続ける。 「ゼシカはさ、俺にはエイトと話すときみたいにかわい~いことは言ってくんなくてさ」 ゼシカの顔がかっ!と火をつけたように赤くなる。エイトと話していると、何だか安心して、自分らしからぬ弱気なことまで言ってしまうことは自分でも何となく自覚していた。 でも――こいつ、こんなことまで知っていたなんて! いつエイトとの会話を聞かれていたのだろう。恥ずかしくてムキになったゼシカは再び手をあげようとするが、まぁ最後まで聞け、とまたもやククールに制された。 「俺にはキツーーいことばっかり言うけど、それも含めて本音を話すだろ?」 「自分を責めるのなんかやめちまえよ。あの言葉は俺にだけ言ってればいいんだ」 ―バカじゃないの― いつも軟派なククールに対して呆れてゼシカが投げかける言葉。 「俺はいつも、君を受けとめる準備はできてるんだぜ?マイハニー」 そう笑ってククールはゼシカの肩を抱きすくめた。薄っぺらそうな響きの言葉とは裏腹に、強く。 「ちょっ………!」 ゼシカは抗議の声を上げた。が、めずらしくすぐに抵抗するのをやめ、ククールの腕のなかでぽつりとつぶやいた。 …………バカじゃないの。 その声は、心なしか震えていて、涙混じりだった。
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「オレは、姫のしあわせを守るのも、近衛隊長の仕事だと思うんだがな」 ラプソーンを倒し、皆がそれぞれの生活に戻ってから三カ月が経った。 明日は、ミーティア姫と、あのチャゴス王子との結婚式。 ククールは、さっきからエイトに結婚式をぶち壊すようにけしかけている。 でもエイトは首を縦には振らない。ミーティア姫のことだけじゃなく、自分を今まで育ててくれたトロデ王や、トロデーンの人達のことを思ってしまって動けないでいる。エイトはそういう人。 「・・・わかった。お前がどうしても動かないっていうなら、オレがやる。明日、姫様を大聖堂からさらって逃げる」 ククールのその言葉に、私は心臓が止まるかと思った。 「よく考えたら、近衛隊長なんて肩書背負っちまったお前と違って、オレは騎士団を抜けた身軽な体だしな。最初からオレがやるべきだった。じゃあ、そういうことで。無理言って悪かったな」 そう言ってククールは宿屋を出ていってしまう。 唖然としているエイトとヤンガスを残して、私は彼の後を追う。 さっきの言葉を、本気で言っているのかどうか確かめたかった。 ククールはすぐに見つかった。彼はとても目立つから。階段の途中に立って大聖堂を見上げていた。 「ゼシカ? お前、女の子がこんな時間に一人で出歩くなよ。・・・って、何かこういうセリフ、もうそろそろ言い飽きたな」 私の気配に気づいたククールは振り返って、呆れたように言う。 その響きがカンに障った私は、つい声を荒げてしまう。 「だったら、言わなきゃいいじゃない! そうやって保護者ヅラしないでよ。私、ククールのこと兄さんみたいだなんて思ったこと、一度もないんだからね!」 ククールは私の顔をしばらくジッと見つめてて、それからちょっと寂しげに笑った。 「そうだな。ゼシカの兄貴はサーベルト一人で充分だよな。前に言ったあの言葉、取り消すよ。変なこと言って悪かった」 ・・・違う。違わないけど、違うの。こんな言い方したいんじゃない。だけど、訂正するよりも先に、訊きたいことがある。 「さっきの話、本気で言ってたの?」 今の私には、他のことを考える余裕はない。 「ククールは、ミーティア姫のこと、どう思ってるの?」 「そりゃあ、姫様は美人で可愛くて、健気だからな。幸せになってほしいと思ってるよ。あんなチャゴスなんかにくれてやるのは、もったいなさすぎる」 「愛してる、わけじゃないの?」 「そう訊かれると、違うっていうしかないな」 ククールはあっさりと言い放つ。 「そんな軽い気持ちでよくあんなこと言えたわね。もし捕まったら、きっと死罪よ。あんた一人の問題じゃなくて、いろんな人に迷惑がかかるのよ。同情でそうするんだったら、無責任すぎるわよ」 「同情で何が悪い?」 刺すようなククールの言葉の響きに、私は何も言えなくなった。 「同情でも何でも、助けが必要な時は誰にだってあると思うぜ」 それはわかるわ。でも私が言いたいのはそんなことじゃない。 「それに、捕まるようなヘマはしないさ。ゼシカも知ってるだろうけど、花嫁っていうのは父親にエスコートされて、外から入場する。その時に乱入してルーラを使えばいい。 行き先は、そうだな。レティシアあたりがいいか。普通の奴らは追ってこられないし、あそこの服装はオレ好みでもあるしな」 ・・・確かに、そのやり方ならうまくいきそうだわ。 わかってる、ククールは勝てない勝負は決してしない人。成功するとわかってるから、あんなこと言い出したんだって。 「あとは、あの時のパーティーメンバーが見逃してくれれば、それでOKだ。それともゼシカ、オレたちをチャゴスの奴に売ってみるか?」 私は一瞬で頭に血が昇った。 「バカにしないで!」 ククールを殴ろうとするが、あっさりとかわされてしまう。 「危ねえな、こんなところで暴れるなよ。悪かった、冗談だって。そういうことする奴は一人もいないって信じてるよ。そうでなきゃ、こんなにペラペラ喋るかよ」 冗談だっていうのは、もちろんわかってる。でも私にとっては冗談じゃすまない。私、ミーティア姫に嫉妬してる。旅をしている間、私だけに差し出されていた手が、今度はミーティア姫に伸ばされる。 私と同じだけククールと旅をして、彼が本当に優しい人だってこと、ミーティア姫はきっとちゃんとわかってる。始めはエイトのことを想っていても、いつかはククールの事を愛するようになるかもしれない。そして、ククールはそんなミーティア姫を決して裏切ったりしない。 私は自信がない。そうなった時に、ククールが言ったように、醜い感情にかられてチャゴス王子に二人を売らないなんて言い切れない! 好きなのよ。私はククールを愛してるのに! 私はバカだ。どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。 会えなくなって初めて自分の気持ちに気が付いて、何度もククールに会いに行こうと思った。でもククールが私を守ってくれていたのは、世話の焼ける妹を見るような気持ちだったんだって知らされて、どうしても訪ねてなんていけなかった。 だけど、こうしてミーティア姫の護衛の同行を頼まれて、また会えるんだと思ったら、その前にこの気持ちに決着をつけたいと思った。妹じゃイヤだって。ククールのこと、お兄さんだなんて思えない。男の人として好きなのって、そう伝えたかった。 だから覚悟を決めてドニの町まで会いに行ったのに、その時ククールは出かけていて会えなくて。しかも、それを教えてくれたのが、ククールと今お付き合いしてるっていう踊り子さんで、ククールは今、その人の部屋で寝泊まりしてるってことまで教えてくれた。 確かにショックだったけど、私にそれを、どうこう言う権利はないのはわかってる。 だけど、それならどうして女の人をもう一人連れてきたりするの? それって二人ともに対して失礼じゃないの? ・・・でもそういうククールを最低だと思うのに、どうしても嫌いになれない。やっぱり好き。自分でもバカだと思うけど、どうにもならない。 花嫁強奪。それも一国の王女を一国の王子から奪うなんて危ないこと、してほしくない。 今よりも遠くには行かないでほしい。 でも言えない、どうしても。私は意気地無しだ。拒絶されて傷つくのが怖いのよ。 そして運命の夜が明けた。 ククールとヤンガスが起き上がって出て行くのがわかったけど、私はそのまま寝たふりをしていた。何となく、ククールと顔を合わせたくなかったから。 エイトは、まだ目を覚ます気配はない。一晩中ベッドに腰掛けて考えこんでたみたいだから無理ないけど。 でも私なんて横になってても眠れなくて、そのまま朝になっちゃったっていうのに、こうやって最終的に寝てるエイトも、やっぱりよくわかんない。 旅の間は、どこでも、どんな状況でも熟睡してる姿を頼もしいと思うこともあったけど、呑気者なだけなのかも。 そもそも、エイトが自分でミーティア姫をさらってくれれば、ククールが代わりにやろうなんて言い出さなくて済んだのに。その辺り、わかってるのかしら。 ・・・ごめんね、エイト。今のは八つ当たり。相手は仕えてるお城のお姫様だもんね。そんなこと簡単にできるはずないよね。 『好き』って一言さえ言えない私に、そんなこと思う資格なかったわ。 そろそろ結婚式が始まってしまう。エイトはまだ眠ってるけど、私もとりあえず宿屋を出た。 大階段の下で、ククールとヤンガスが何か相談してるらしき雰囲気。本当にミーティア姫をさらって逃げるつもりなのかしら。 そう思って見ていたら、いきなりヤンガスがククールの向こう脛を蹴飛ばした。遠目に見ても、すごく痛そう。 「一応これで勘弁してやる。今度はちゃんとやれよ」 私が近づくと、珍しくヤンガスが真面目な口調でククールに言っているのが聞こえた。 「じゃあ、アッシはエイトの兄貴を呼んでくるでげす。あ、ゼシカの姉ちゃん、おはようでがす」 ヤンガスは普通に私に朝の挨拶をして、宿屋へと歩いていった。 「何やってたの?」 私が訊いてもククールは何事もなかったような顔をする。痛む足はおさえてるくせにね。 「いや、別に何も」 そうやって、私はいつも仲間外れ。何よ、いいわよ、もう。 ・・・ククールを止めるなら今が最後のチャンスなのよね。でも何て言えばいいの? 私は散々助けてもらっておいて、ミーティア姫を助けるのはやめてって? 言えるわけないじゃない、そんなこと。 エイトが起き出してきた。もう結婚式は始まってしまっている。 「あんだけ人が多けりゃよ、どさくさにまぎれて、何かやらかしても大丈夫なんじゃねーかな」 ククールはあっさりと言う。人が多いとか少ないとか、そういう問題じゃないと思うわ。 「ミーティア姫様もガンコよね。いくら先代の約束でも、イヤなら、やめればいいのに・・・」 ・・・イヤだ、こんな自分勝手なこと言うの。だけど思っちゃうのよ、どうしても。こんな結婚無かったことにしてくれれば、ククールだって無茶なことしなくて済むのにって。 「一国の姫君ともなると、そういうわけにも、いかないのかな?」 フォローの言葉のつもりで付け足したけど、だからって私の醜い感情が消えてくれるわけじゃない。 「あとオレたちは仲間だ。お前が何かするつもりなら、ちからを貸すぜ」 ククールの言葉に、それまでうつむき加減だったエイトが顔を上げた。その目には輝きが戻っている。 「ほら、行ってこい。姫様が待ってるぜ」 ククールに背を押され、エイトは弾かれたように階段を駆け上がっていった。 「はあ~っ、やっと行ったか。全く世話の焼けるヤツだぜ」 エイトの背中を見送るククールの目は、とっても優しかった。でも何だか、もう自分の役目は全部終わったって感じ。 「・・・ククールは、行かないの?」 「何で、オレが?」 「何でって、昨夜言ってたじゃない。ミーティア姫をさらって逃げるって」 「その時ちゃんと言ったろ? エイトが動かないならオレがやるって。あいつが自分でやるなら、オレの出る幕じゃないさ」 ・・・何よ、それ。要するにエイトにハッパかけただけってこと? 「ま、エイトが最後まで渋るようなら、姫様をさらった後にエイトのヤツもぶん殴って、レティシアに強制連行するつもりだったけどな」 ・・・やりかねないわ、この人なら。でもこんなこと言ったって、多分ククールは信じてたと思う。エイトが自分の意志でミーティア姫を迎えに行くこと。 だけどどっちにしても、エイトとミーティア姫を結び付けるつもりだったってことで、自分が姫と暮らすつもりは無かったってことよね。私一人でヤキモキしてバカみたい。 「でも退路は確保してやらないとな。大聖堂の警護の騎士団員は腕の立つヤツが揃ってそうだしな」 そうね。私、自分のことばかりで、エイトのこともミーティア姫のこともちゃんと心配してあげられなかった。そのお詫びをしなくちゃ。 それに、煉獄島に押し込められたお返しをするチャンスでもあるんだわ。 「ゼシカ、手加減て言葉知ってるよな?」 またククールが見透かしたようなことを言ってきた。 「失礼ね、当たり前でしょ」 ・・・ベギラマくらいはいいかなって思ってたけど、メラで勘弁してあげるわ。 エイトが大聖堂に乗り込むより先に、ミーティア姫とトロデ王は式場から逃げ出していた。 一国の主としては間違った行動かもしれないけど何だか嬉しい。土壇場で自分の気持ちに正直になってくれたミーティア姫も、王であることよりも娘の幸せを願う父親であってくれたトロデ王も。 騎士団員たちを蹴散らした私たちは、エイトたちが乗っている馬車が見えなくなるまで、その姿を見送った。 また私たちは解散して、それぞれの生活に戻る。そして・・・。 そして? それでいいの? エイトたちは国同士の結婚をぶち壊してまで、自分たちの想いを貫いたのよ? 私には失うものなんて何もないのに、何をためらってるの? 「ククール~! 見てたわよ、すごくカッコ良かったー!」 私がやっとの思いで絞り出そうとした声は、バニーさんの声であっさり遮られた。 「エイトさんに会わせてくれてありがと。でもお姫様と駆け落ちしちゃうんだもの、つまんない。ねえ、そっちの丸くてワイルドなお兄さん。あたしのヤケ酒に付き合ってくれない? 一人で飲むのは寂しいの。でも飲むだけよ、パフパフとかはナシよ」 「アッシの場合はヤケ酒じゃなくて祝い酒でがすが、それで良ければ付き合うでがす」 意外なほとアッサリとお誘いを受けたヤンガスは、ククールを上目使いで睨んで言った。 「さっきの話、覚えてるな? これ以上ゴチャゴチャしてると・・・」 「わかってるって。今度は大丈夫だ、ちゃんと言う。もう蹴られるのはゴメンだしな」 何? 言わないと蹴られる言葉? ヤンガスは今度は私の方を向く。 「いいでがすか、ゼシカの姉ちゃん。ククールに泣かされるようなことがあったら、すぐにアッシに言ってくるでげすよ」 「うるせえよ、いいからサッサと行け」 ククールが追い払うような仕草を見せる。私は全然ついていけない。 「じゃあね~、ククール~」 ヤンガスとバニーさんは、キメラのつばさを使ってどこかへ飛んでいってしまった。 「ほんとにそのお嬢様、強いんだ」 今度は踊り子さんが声をかけてきた。 ・・・この二人は今、一緒に暮らしてるのよね。ってことは、この場のお邪魔虫は私ってことで、私がどこかに消えた方がいいのよね。 「いいよ。もうこれで許してあげる。お嬢様、ククールのことよろしくね。ククール、このコのことまで泣かせたら、承知しないんだから」 ・・・えっ? ククールが申し訳なさそうにうなだれる。 「ああ、わかってる。本当に・・・」 「ゴメンなんて言ったら、別れてやらないよ」 「・・・ありがとう」 「そう、それでいいの。じゃあね、二人とも、お幸せに」 そう言って踊り子さんも、キメラのつばさでとんでいってしまう。 「とりあえず、オレたちも移動しよう。騎士団員たちが追ってきたら面倒だ」 そしてククールはルーラの呪文を唱えた。 着いたのはリーザス村の入り口。私の頭は本当に置いてけぼりで、何がおこってるのか考えが追いつかない。 「ゼシカ・・・」 ククールの手が、私の前髪を掻き上げる。そこまでは三カ月前の別れの時と同じ。 でも、今ククールの唇が重なっているのは額じゃなくて、私の唇。 「・・・愛してる」 今、何がおきてるの? 「今までごめん。オレは本当に意気地無しで、ゼシカに悲しい思いさせてきた。でももう逃げない、約束する。ようやく勇気が持てた、自分の気持ちに嘘はつかない。許してくれるのなら、ゼシカとずっと一緒に生きていきたい」 ククールの目はとても真剣で・・・でも、私はすぐには信じられない。 「だって・・・じゃあ、なんで女のひと二人も連れてきたりするの? それでそんなこと言われたって、信じられないわよ」 ククールはちょっと目を泳がせて、それからようやく聞き取れるような声でボソリと呟いた。 「断れなかったんだ・・・」 ・・・何だか、急に納得いってしまった。 「・・・そうよね。ククールって、意外と押しに弱くて、頼まれたらイヤって言えないところあるわよね」 エイトの寄り道も、文句言いながら全部付き合わされてたものね。 「ん、まあ、そうなんだけど・・・。ほんとゴメン。なんていうか、こんな情けないヤツで。多分この先、いろいろガッカリさせることあると思うけど、出来るだけ直すようにするから」 「・・・知ってるわ。他の人の為だと大胆だけど、自分のことになると結構臆病なところあるのよね」 でもそれは誰でも同じ。私だってそうだったもの。 「嘘つきなのも、見えっ張りなのも、意地悪なのも、単純なところあるのも、お調子者だったりするのも、全部知ってるわ」 それをうまく隠せてると思ってるあたりが、またマヌケなのよ。 「クールぶってるのがカッコいいって勘違いしてるところや、見た目は大人っぽいけど中身は子供なところも、全部知ってるわよ。今さら何を見たってガッカリなんてするわけないじゃない」 ククールはガックリと肩を落としてしまった。 「前からそうじゃないかと思ってたけど、ゼシカ、男の趣味悪いんじゃないか? どこがいいんだよ、こんなヤツ」 もうダメ、なんてカワイイ人なの! 好きになる以外、どうしようもないじゃないの。 「そういうとこ、全部よ!」 いろいろ言いたいこともあるけど、今はいいわ、全部許せちゃう。 我慢できなくて、ククールに抱き着いた。ククールもちゃんと抱き返してくれる。 「信じられないかもしれないけど、ほんとにずっとゼシカだけ見てた」 「知ってたわ・・・ずっと」 そうよ、気づいてなかってけど知っていた。ククールがどんなに私を優しく見ていてくれたか。だから私は自分の信じた道を進むことが出来た。 「愛してる」 声と身体の振動で二重に伝わる言葉。今度こそ本当に信じられる。 「私も、愛してる」 ようやく素直に伝えられた言葉。幸せすぎて怖いくらい。 また仲間たちは解散して、それぞれの暮らしに戻って、そして・・・。 そしてその後はこう続くのよ。 二人はいつまでも、仲良く幸せに暮らしましたって! <終> そして-前編